2014-08-31(Sun)
日記~【リアミーと歓喜天翁】
現実での私は自分で言うのも何でございますが、かなりな真面目人間でございます。
真面目というより品行方正で人当たりがよく大抵の方々に好かれます。
会社にも遅刻しませんし、自己管理を怠って欠勤したこともありません。
春画をネットに発表し始めてからはそれがますます実感されるようになった気がいたします。
つまり自分の中の陰と陽がますますはっきりと分離された気がするのでございます。
夜は春画を描いて世間様に発表している私“歓喜天翁”。
昼は真面目で温厚で人に好かれている私“リアミー(realのme、いま作った造語でございます笑)”。
私は自分の“陰”の部分を春画に注ぎ込んでいるのかも知れません。
昼間、「俺は歓喜天翁なのだ」とリアミーの私が意識すればするほど、
ますます安心して品行方正になれる気がするのでございます。
これが精神の均衡というのでしょう、なんとも言えない安定感を感じるのでございます。
もし春画を描くすべがなく「現実」だけに生きていたら、
リアミーの私の中に“陰”が容赦なく混ざってきて乱暴で反社会的な酷い人間になっていたような気がいたします。
もしかしたら本物の犯罪者になっていたかも知れませぬ。
「自分の中の負の部分を作品に昇華させた」などと文学作品などに対して言われているのを目にしても意味がよく分かりませんでしたが、
恐らく私にとっては春画のことなのでございましょう。
私は自分の中の負の部分、陰の花ともいうべきものを泥の中に咲かせることが出来たことを幸運に思います。
その場を与えてくれた「ネット」というものに感謝しております。
そしてなによりも、そんな私の作品を愛でてくださる今これを御覧の皆様に感謝いたします。
真面目というより品行方正で人当たりがよく大抵の方々に好かれます。
会社にも遅刻しませんし、自己管理を怠って欠勤したこともありません。
春画をネットに発表し始めてからはそれがますます実感されるようになった気がいたします。
つまり自分の中の陰と陽がますますはっきりと分離された気がするのでございます。
夜は春画を描いて世間様に発表している私“歓喜天翁”。
昼は真面目で温厚で人に好かれている私“リアミー(realのme、いま作った造語でございます笑)”。
私は自分の“陰”の部分を春画に注ぎ込んでいるのかも知れません。
昼間、「俺は歓喜天翁なのだ」とリアミーの私が意識すればするほど、
ますます安心して品行方正になれる気がするのでございます。
これが精神の均衡というのでしょう、なんとも言えない安定感を感じるのでございます。
もし春画を描くすべがなく「現実」だけに生きていたら、
リアミーの私の中に“陰”が容赦なく混ざってきて乱暴で反社会的な酷い人間になっていたような気がいたします。
もしかしたら本物の犯罪者になっていたかも知れませぬ。
「自分の中の負の部分を作品に昇華させた」などと文学作品などに対して言われているのを目にしても意味がよく分かりませんでしたが、
恐らく私にとっては春画のことなのでございましょう。
私は自分の中の負の部分、陰の花ともいうべきものを泥の中に咲かせることが出来たことを幸運に思います。
その場を与えてくれた「ネット」というものに感謝しております。
そしてなによりも、そんな私の作品を愛でてくださる今これを御覧の皆様に感謝いたします。